未分類

夏の罠!

罠という言葉に嵌められ人生を狂わされた時のことを想像するのは最低人間の証拠なのだそうだ。ギラギラ輝く夏の太陽が、人の心を高揚させる。我知らず高鳴る胸はドキドキワクワクして新しいことを始めたい!と思うことだろう。夏の海に出かけたい!という止まらないドキドキワクワクがある時ダイビングと出会う。夏の始まりを海の底深い神秘の探求から始める。水底に棲息する生き物の生体を観察し色鮮やかな生き物を刻みたい。写真ばかりではないのだが。

スポンサードリンク

神秘との出会い

海の底深くに潜ること、その神秘。酸素ボンベからの呼吸は、音のない水底で驚くほど大きく響く。呼吸の音ばかりが響く海の底では、二人一組で潜るのがルールだ。単独行動は認められない。響きすぎる呼吸の音がより色鮮やかな水底を際立たせる。出会いは人ばかりではない。水底でいかなる生き物に出会うのか。そんなことを大袈裟に運命というらしい。運命にまで闇市が入り込んだことがトラブルになる。見劣りだの見比べだのと闇市特有のことを述べ闇取引が始まれば、水底までがブラックノワールな世界だ。闇取引を人間として腐った犯罪者だからだ!と告発したところで聞く人間はいない。取り締まれないことがブラックである証だ。ときに逮捕される人がいたとしてもブラックに立ち向かう人間はいない。そんな傷で生きている人間などいなかったのだ。人が脆い生き物というのが真っ赤な嘘だとしても、ブラックに立ち向かえる人などいないのだ。闇取引になど立ち向かえないのだ。

夏という季節

夏という言葉ばかりで浮き立つ心。砂浜での遊びに興じるより一歩先を行くには潜ることだ。ダイビングなるものに興じ海の底に深く潜る。何に出会えるか?どんな生き物に出会えるのか?観察してみましょう。イイジマフクロウニというウニの共生が話題です。生き物の共生なるものの不自然が自然の中では残酷な淘汰や殺し合いになります。人に模しては争うことがありますが、自然の生き物の野蛮や残酷はワイルドエロなどというものでは誤魔化せません。人の人たるゆえんは共生などできないことにある。人という種が変わることはない。人のたる所以を忘れてはならない。人に模するとはいかなる屈辱や虐待なのだろうか?ナイトダイビングでイイジマフクロウニは見ることができますね。ゼブラガニ、コールマンシュリンプ、エビ、カニなどが共生しているようです。食い合いなるものが共生することにより生じます。ゼブラガニなどは、ハサミでイイジマフクロウニのトゲを刈り取り通路を作りイイジマフクロウニの体を食べるのだそうです。食い合いで死んでしまうんですね。

スポンサードリンク

共生という不自然

イイジマフクロウニには毒があるそうです。コールマンズシュリンプは共生する時イイジマフクロウニのトゲに隠れ棲んでいます。イイジマフクロウニのトゲと比較するとわかりますが、コールズマンシュリンプはかなり小さいですね。色の縞の感じの対比が写真を撮った場合の見どころになります。イイジマフクロウニの縞の先には青い光が入りますが、コールマンズシュリンプの縞は目立ちません。隠れ棲むためでしょうか?隠れ棲む事でホストを殺せるんだ!という凄んだ声はこのコールマンズシュリンプがイイジマフクロウニと共生する際にキャプションとしてついてました。黙ってしがみついている様にそんなキャプションがつくんですね。キャプションというのは、自ら発する言葉ではありません。写真をながめることで或いは映像を眺める事でつけられるものですね。動きに合わせて正確にキャプションをつけたとしても当のコールマンズシュリンプがそんなことを思っているかと言ったら思っているわけもありません。

夏という季節

ダイビングというものは、夏ばかりのものではありません。だが、夏の陽射しというものは、人の心をドキドキワクワクさせる力があります。太陽の明るさが太陽の輝きが太陽の暑さが人の心を上向かせるのです。UPした心持ちというものが、嬉しい感動となることが焼けつくのが太陽ばかりでなく嬉しい思い出を忘れがたいものにするのだと思います。水底から浮かび上がる時、界面近くで燦く太陽の輝きがこの世に初めて生まれ出ることの追体験たる原体験になりました。眩い圧倒的な輝きに向かって浮上していく圧倒的な幸福感ですね。光輝く圧倒的な耀きに向かうこと、水底から這い上がる開放感が相まって圧倒的な幸福感となりました。海底に潜り続けられる人はいませんから、海の底から這い上がっていく感じというのは様々にあると思います。宗教的な光よりある意味綺麗なものだと思います。ですが、自然というもの自体が美しいということはありません。何が浮いているかわからないというのが実際です。

スポンサードリンク